[ヴィンセント・バック氏について]
Vincent Bach 1890-1976

1890年3月24日  ウィーン郊外のバーデンに生まれる。
1910年  ウィーン・ノイシュタット工業大学を卒業する。
1912-14年  ソロ・トランペット奏者としてヨーロッパ各地で演奏する。
1914年  ボストン交響楽団の第1トランペット奏者。その後メトロポリタン歌劇場オーケストラ、ディアギレフ・バレエ団オーケストラに在籍。
第1次世界大戦中は陸軍に召集され第306野砲隊のバンド・マスターをつとめる。
1923年  アメリカ市民権を得る。
1919年  ニューヨークに主に自分で使うマウスピースを作る目的で店を開く。
1924年  第2番目の工場時代(1922-28年)コルネット,トランペットの製作を開始。
1928-52年  ブロンクスに第3番目の工場を持ち、トロンボーンの製作も開始。NY-Bachは殆どこのブロンクス時代の物で、幻の名器。非常に高価で取り引きされるが、楽器の痛みが激しい物も多いので、必ず出所(前オーナー)やメンテナンスコンディションの確認が必要です。
1952年  ニューヨーク州郊外マウントヴァーノンに工場設立。 このころに作られた楽器、マウスピースは現在でも非常に評価が高く高値で取引されている. 
1962年  事業をアメリカン・セルマーに委譲。
1964年  インディアナ州エルクハートに移転。
1976年1月8日  ニューヨークで亡くなる。

Vincent Bach Stradivariusについて

Vincent Bach Stradivariusu Trumpet Serial Number

以下のチャート公式なデータより転記しました。また、楽器に関する意見はあくまでも私見です。

[Vincent Bach Trumpet]の概略

バックの歴史は、大きく分けて「NY-Bach」、「Mount Vernon, NY-Bach」そして「Elkhart Bach」の3つに分類されます。また、これらの呼び方はBachの工場の所在地であり、ベルの部分に刻印されています。

この中でも、1961年にBachの全経営権をSelmerに譲り、その後、1965年にインディアナ州のElkhart(エルクハート)に工場を移転し今に至る「Elkhart Bach」は、さらに細かく扱いが分類されています。そして、2004年にUMIグループの傘下となり「Elkhart Bach」は「Nwe Elkhart Bach」の領域へと進化します。

[NY-Bach]について

1918年にVincent Bachが、マウスピースを製造して以来、1922年に2回目に移った工場で作られた、トランペットが「NY-Bach」の最初のモデルです。その後、マンハッタンから少し離れた、Bronxに3回目の工場を移転しました。これが、有名なBach のBronx工場です。基本的に「NY-Bach」というとこのBronx工場で作られた物を言います。また、「NY-Bach」というと支柱が1本でライトウェイトが特徴とされていますが、1950年頃には現在のストラドの原形の2本支柱の物が作られていました。ただし、楽器のディテールは現在よりコンパクトです。特徴は、見た目は、通称「ストラド7」は、支柱が1本で見た目はフレンチベッソンに似ています。ベルは、プレ-ヤーの希望により1ピースの物と、2ピースの物がありますが、共通して巻き返しはフレンチビ-ドです。バルブケースは、上部が洋白素材の2ピ-ス構造で通常は、第2バルブケースの左手の上の洋白部分にV.BACH NEWYORK U.S.A.と刻印がありますが、3本とのその刻印がある物もあります。3番管のストッパーは「Elkhart Bach」とは逆向きの物が多いですが、一部同じ向きの物や、着いていないものなどもあります。この時代は基本的にすべてプレーヤーのオーダーメードだったようです。ベルの刻印は、Stradivarius Model番号他、Vincent Bachのサイン(手彫り)、CORPORATION、NEW YORKもしくは、NEW YORK67(67はブロンクスの旧郵便番号でNEW YORK67で、ニュ-ヨ-ク州ブロンクスを表す)最後に、U.S.A.の刻印が一般的です。その他、バルブ等の殆どのパーツにシリアルが刻印されています。更に詳しくは、こちらを御覧下さい。

[Mount Vernon NY-Bach]について

1953年にニューヨーク州の郊外のMount Vernon(マウント・ヴァーノン)に工場を移転し作られた楽器です。この「Mount Vernon, NY-Bach」が、現在のBachのストラどの原点と考えられます。「NY-Bach」から「Mount Vernon, NY-Bach」の時期に作られた楽器は非常に質が高いと評せれていて、今でも世界中のプレーヤーが探しています。基本的に現在の「Elkhart Bach」のストラドとかわりませんが、3番管のストッパー(Bb管)が「Elkhart Bach」とは逆向きなので直ぐに分かると思います。また、この時代のベルは、ボトムシームの1ピース(初期)であったり、接合部分がサイドシームの1ピース(後期/セルマーの資本が入った頃から)であったりしますが、共通して巻き返しがフレンチビードになっています。その他、2番バルブケースの左手側にV.BACH Mt.VERNON NY.U.S.A.の刻印があります。ベルの刻印は、Stradivarius Model(以外はベル番号を記載)、Vincent Bachのサイン(手彫り)、CORPORATION、MT.VERNON NEW YORK U.S.A.の刻印が一般的です。その他、バルブ等の殆どのパーツにシリアルが刻印されています。更に詳しくは、こちらを御覧下さい。

[Early Elkhart Bach]について

1965年に「Elkhart」に工場を移転した時点からシリアルを30000からスタートさせました。諸々の考え方はありますが、(第一抜差管がリバースタイプになってトリガ-が付けられる前までとか、3万番代に見られるピストンにシリアルが打ち込まれている時までなど)私の考え方では、1965年の「Elkhart」工場での生産スタートからVincent Bach氏がこの世を去る1975年1976年1月8日に他界)までの約10年位の期間までのVincent Bach氏の生前モデルを「Early Elkhart Bach」と呼び、基本的に統べて手作りで生産されて、プレーヤーの要求に対して良い意味で改良を続け進化した時代と考えます。

「Early Elkhart Bach」の大きな特徴は、まず、ベルのVincent Bachのサインの刻印の下に「CORPORATION.」と刻印されています。(ただし、37ベルに関しては8万番代で一部刻印のない物もある様です。それは、セルマーによりVincent Bachという会社をSelmer USAに統合し、Vincent BachをSelmer USAの商標としてブランド化されたので、その後に作られたベルはCORPORATIONを廃止して丸Rがつきました。37ベルは一番売れているので直ぐにそう成りましたし、その他ベルはストックぱーつとして1978年くらいまで合った物もある様です。)また、バルブケースが上部が洋白銀(ニッケル素材)と下が真鍮のツ-ピ-ス構造(銀メッキなどがされていてもバルブガイドの位置くらいの所を見れば、造りが綺麗に別れていますので直ぐに分かります)ただし、ライトウェイトモデル(ベルに☆付)の場合はバルブケースがツ-ピ-ス構造ではありませんが1975年の製造までベルに「CORPORATION.」の刻印があります。この、「CORPORATION.」の刻印もさることながら、ライトウェイトを除くストラドのバルブケースが洋白と真鍮の2ピ-ス構造かそうでないかが、作り方や音の質に大きく影響しますし、Bach氏の生前モデルかを見る大きなポイントです。

その他「Mount Vernon, NY-Bach」時代から引き継がれた後ろに尾がついた台座の仕様がありますが、この台座の仕様は1980年位のモデルまで継承されています。

極初期の「Early Elkhart Bach」のボディーパーツばどは「Mount Vernon, NY-Bach」のストックパーツという噂もありますが、ベルは間違えなく作り方が違います。(Mount Vernon時代まではフレンチビードでベルの巻き返しが蒲鉾がたですが、30000本以降のものでニューヨーク7などの復刻版を除きそのような物は確認できていません。ただし、サイドシ-ム1ピ-スベルの構造は、Mt.Vernon後期~初期は確かに構造的には同じです。)また、バルブにもシリアルの刻印がありますが、当然30000番以降のシリアルですので、何を基準にそのような噂があるのかは不明です。しかし、Vincent Bach氏の生前(1975以前/1976年1月8日他界)に作られた物はどれも平均して良い物が多いと思います。

[Semi-Early Elkhart Bach]について

Vincent Bach氏が亡くなった直後当たりから、楽器の製造における行程の合理化とVincent Bachという登録商標化が図られたようでまず、ベルのサインの下の部分の「CORPORATION.」の刻印の代わりに、○R(登録商標マーク)が小さく刻印されるようになりました。それと、ほぼ同時にバルブケースの作りが、ツ-ピ-ス構造から、シングルピ-ス構造に合理化され、次に1981年位から、右手のフィンガーフックが「Mount Vernon, NY-Bach」時代から引き継がれた後ろに尾がついた台座から現在の物にかわり20万番を超えた当たりからさらに合理化がすすみ、更にその後、バルブガイドが金属から樹脂に替わり、続いてシリアルとボアサイズの位置が第2バルブケースのリードパイプ側に手作業打たれていた刻印から、反対側の第2バルブケ-ス側に機械自動的にで刻印されるようになりました。

厳密に「Semi-Early Elkhart Bach」といえるのはバルブが金属の時代までという説を唱える方もいますが、当方の見識では、シリアルとボアサイズの位置が第2バルブケースのリードパイプ側に手作業打たれていた刻印から、反対側の第2バルブケ-ス側に機械自動的にで刻印されるオートメーションシステムに変更した時点を、今に至る量産体制の始まりと考え、それ以前の物を「Semi-Early Elkhart Bach」とし、それ以降のモデルに関しては完全に近代的な量産体制になった、「Elkhart Bach」と分類を理解しています。

また、「Semi-Early Elkhart Bach」という呼び方は、元々アメリカの管楽器専門のプロプレーヤーを対象にしたブローカーサイドの呼び方で、この呼び方や線引きに異論を唱える意見もある様ですが、現在は確実に定着しつつある呼び方です。

当方の考えでは「Semi-Early Elkhart Bach」の呼び方の基本基準に関しては「NY-Bach」、「Mount Vernon, NY-Bach」、「Early Elkhart Bach」と製造拠点がかわるBachの歴史の中で、どこまで、Vincent Bach氏の生前モデルの製造工程や思想を継承しながら、合理化がされたのかという許容範囲を基準に判断すべきと考えます。

[Elkhart Bach]について

「Elkhart Bach」は、皆さんが最も多く目にしているVincent Bachです。 先きにも書きましたが、1990年位からBachの合理化が大きく進んだようで、最初にシリアル部分が「NY-Bach」、「Mount Vernon, NY-Bach」、「Early Elkhart Bach」と引き継がれて来た、シリアルとボアサイズの位置が第2バルブケースのリードパイプ側に手作業打たれていた刻印から、反対側の第2バルブケ-ス側に機械自動的にで刻印されるオートメーションシステムに変更し、完全に近代的な量産体制になったバックを「Elkhart Bach」と分類を理解しています。 しかし、まだこの時点においては、ベルの刻印はレ-ザ-処理ではなく、以前と同じエッチング処理と手打ち処理がされていました。

[Nwe Elkhart Bach]について

「Nwe Elkhart Bach」は、元々アメリカの管楽器専門のプロプレーヤーを対象にしたブローカーサイドの呼び方で、現在は確実に定着しつつある呼び方です。

「Semi-Early Elkhart Bach」と同様に2004年、今までSelmerの傘下であったVincent Bachは、Selmerが世界で一番大きな楽器ディラ-メジャーグループで、スタンウェイピアノをを中心とするUMI(United Musical Instruments)の資本傘下に入ります。そして、Selmerという会社は、同じくUMIの資本傘下になったアメリカを代表する管楽器史上もっとも歴史のあるConnと合併し、Conn Selmerとなり新体制で量産を加速します。 

そして、Bach、Conn、Selmerなどのブランドの知名度を武器に、Bach、Conn、Selmerなどのブランドのブランドで初心者向け廉価品を中国や東南アジアなどで製造が始まりました。 トランペットでは、Vincent Bach TR700/TR600/TR400などが該当します。 また、2004年まではBachのみを作っていた旧SelmerのElkhart工場では、その他のブランドなども作りはじめるように成り2005年には、大変有名な大ストライキが始まります。ストライキは、今まで6~7本あったVincent Bachラインの内、Conn Selmerの社員で主にプロ対応の楽器と特殊なオーダーをしていた通称「ユニオンライン」でない、量産組み付けラインで、管楽器職人が労働者として働いていた通称「スタンダードライン」の総べてのラインが閉鎖されました。このストライキで、2006年~2007年のVincent Bachの生産は激減しました。 

また、2004年にVincent Bachの新しいモデル#182がStradivaliusのモデルとして開発され、エクルクハ-トではなくオハイオ州のイーストレイク(恐らく、同じUMIの資本傘下になったキングやベンジを製造していた工場)で製造を開始しました。 イーストレイクや中国などの東南アジアでのVincent Bachトランペット本体の製造は、それまでVincent Bachはのトランペットは、インディアン州のエルクハートで作られるという概念を根本から覆しました。

ここで言う「Nwe Elkhart Bach」の概念は、UMIがすすめる製造の合理化と本来のBachのコンセプトの元に、Vincent Bach以外の楽器も製造するConn Selmerのエルクハート工場で作られた楽器と定義します。また、この頃より「Elkhart Bach」の項目で書き記したベルの刻印は、総べて合理化されてレーザー刻印に成りました。 そのような意味で、Vincent Bachのトランペットにとっては非常に大きな転換期を迎えたことに成り、インディアナ州のエルクハ-ト工場のポジショニングも大きく変わるりました。

御注意

ここに、記載した内容はメーカーサイドの情報ではなく、個人的におつき合いがあるアメリカの管楽器専門のブローカーや、アメリカの管楽器の歴史を研究する学者の方々の意見を参考に個人的な学説を交えて取りまとめました。 正式な情報と理解はメーカーの主張は以下のサイトよりご確認下さい。